日本の生活保護制度は、経済的に困窮している人々の生活を支えるために設けられていますが、一部では「働けるのに働かない」という批判がついて回ります。
その背景には、最低賃金での就労では生活保護費よりも収入が低くなる現実や、働けば働くほど課される税金の負担が存在します。
さいたま市の生活保護支給額に関する資料がSNS上で拡散され、その内容をめぐり賛否の声が広がっています。

特に、月額支給額の高さや追加支給される補助内容について「過剰ではないか」といった指摘が相次いでいます。
資料には、以下のような生活保護の支給例が示されています。
・40歳代単身者の場合:月額12万4680円
・30歳代夫婦+小学生2人の場合:月額28万0740円
・40歳代の鬱病の母親+小学2人、中学1人の母子世帯の場合:月額33万2750円
さらに、医療費や教育費、葬祭費などの補助、無料になる各種税金や公共サービスなど、生活保護受給者に対する幅広い支援内容が記載されています。
本記事では、最低賃金と生活保護費の実態を比較しながら、サラリーマンの年収の中央値や税金制度も検証し、働くことの意義を問い直すとともに、制度の改善点を探ります。

最低賃金と生活保護費の比較

日本における最低賃金と生活保護費の間には、明らかな矛盾が潜んでいます。
特に「働けるのに働かない」という批判を生む原因の一端は、この両者のバランスにあります。
最低賃金の現状と収入試算

2024年の全国平均最低賃金は、時間あたり約1,055円です。フルタイム(1日8時間、週40時間、月20日勤務)で働く場合、月収は以下の通りになります。
- 時給1,055円 × 8時間 × 20日 = 168,800円
さらに、ここから所得税や住民税、社会保険料が差し引かれるため、実質的な手取りはおおよそ月13万〜14万円程度です。
一部の地方では最低賃金がこれを下回るため、収入はさらに減少します。
生活保護費の支給額
生活保護費は世帯構成や地域によって異なります。
単身世帯の場合、生活扶助(食費や光熱費など)が月約6〜8万円、住宅扶助(家賃補助)が約3〜5万円とされ、合計で月9〜13万円程度が支給されます。
さらに医療扶助や介護扶助も含まれるため、これらの負担を考慮すると、実質的な支援額はさらに増加します。
例えば、東京都内で単身世帯の場合、以下のような計算が成り立ちます。
- 生活扶助:8万円 + 住宅扶助:5万円 = 13万円
これに医療扶助などが加わると、15万円以上の実質支援となることもあります。
働き損の構造
最低賃金の労働者が得られる収入が生活保護受給額を下回るケースは少なくありません。
また、生活保護受給者が失うものも少なくありません。医療扶助や住宅扶助などの各種支援がなくなることにより、最低賃金で働いた場合の可処分所得がさらに低下します。
「働いても生活保護より厳しい生活になる」このような現実が、就労意欲の低下や制度への批判を生む要因になっています。
サラリーマンの年収中央値と生活保護費の比較

最低賃金労働者と生活保護受給者の比較だけでは、問題の全貌は明らかになりません。
サラリーマン全体の年収中央値や課される税金を考慮することで、より広範な課題が浮き彫りになります。
年収中央値と最低賃金労働者の収入差

厚生労働省や国税庁のデータによると、2024年の日本のサラリーマンの年収中央値は約400万円前後とされています。
この金額を月収に換算すると、手取りで約25万〜30万円程度です。
一方、最低賃金労働者がフルタイムで働いた場合の年収は約192万円であり、中央値の半分以下となります。
さらに、最低賃金労働者の収入は生活保護受給額に近い水準であり、働くことの経済的なメリットが希薄になっています。

税金と社会保険料の負担

サラリーマンは所得税や住民税に加えて、健康保険料や年金保険料を負担します。
例えば、年収300万円の労働者の場合、これらの控除後の手取り額は約200万円程度にまで減少します。
具体例として、以下の負担を試算します。
- 所得税:約5万円/年
- 住民税:約15万円/年
- 社会保険料:約40万円/年
合計で年間 60万円 前後が差し引かれます。
一方、生活保護受給者はこれらの負担を免除されるため、同等の収入でも実際の可処分所得には大きな差が生じます。
この差が、最低賃金労働者の生活困窮を一層深刻化させています。
働くことの意義を問う構造的問題

生活保護受給者とサラリーマンの収入・負担構造を比較すると、「働くこと」が必ずしも経済的に有利ではない現状が浮かび上がります。
特に、年収200万円以下の低所得者層では、この負担感が顕著です。
生活保護を維持したほうが経済的に安定するというジレンマが、就労意欲を削ぐ原因となっています。
生活保護と就労を取り巻く根本的な問題
最低賃金と生活保護費の比較や税負担の現状を見ると、日本社会が抱える労働と福祉に関する深い構造的な課題が浮き彫りになります。
この章では、最低賃金の低さ、税制の問題、そして就労インセンティブの欠如について詳しく解説します。

最低賃金の低さとその影響
最低賃金が生活保護費を下回る地域が存在する現状は、最低賃金の設定に問題があることを示しています。
例えば、最低賃金が900円程度の地方では、フルタイムで働いても生活保護以下の収入になる可能性があります。
最低賃金の引き上げは、この問題を解決する一つの方法ですが、同時に以下のような課題を伴います。
- 物価の上昇:最低賃金が上がると、企業がコスト増を商品価格に転嫁する可能性があり、低所得者層ほど影響を受けます。
- 中小企業への圧迫:最低賃金の引き上げにより、人件費が増加し、経済的に厳しい中小企業がさらに追い込まれるリスクがあります。
これらの問題を乗り越えるには、段階的な引き上げや、中小企業への支援策が必要です。
税制と低所得者層の負担

日本の税制は累進課税を基本とし、所得が高いほど税率が上がる仕組みになっています。
しかし、年収200万円以下の低所得者層では、所得税や住民税に加えて、社会保険料の負担が相対的に重くのしかかります。
例えば、年収150万円の人が負担する税金と保険料の総額が約20万円になる一方、生活保護受給者はこれらの負担を免除されます。
この差が、働くことでかえって生活が苦しくなる「働き損」を生む原因となっています。

就労インセンティブの欠如
現行の生活保護制度では、収入が一定額を超えると支給が減額または停止されるため、就労が経済的メリットに直結しない場合があります。
たとえば、月収が少し増えただけで住宅扶助や医療扶助が失われる場合、実質的な可処分所得が減少することさえあります。
これを改善するためには、生活保護を受給しながら一定の収入を得られる仕組みを導入することが考えられます。
これにより、働きながら徐々に自立へ移行する「段階的な脱却」が可能となります。
深刻化する「ワーキングプア」問題
生活保護を受給せず、最低賃金以下で働く非正規雇用者も多く存在し、「ワーキングプア」と呼ばれる問題が広がっています。
彼らは、生活保護を受けることなく生活費を稼ぎますが、医療費や家賃の支払いに苦しむ状況にあります。
この層への支援策もまた、制度設計の見直しが必要です。
解決に向けた提案
最低賃金と生活保護、そして税制が絡み合う現状を解決するには、包括的なアプローチが必要です。
本章では、最低賃金の引き上げ、税制改革、そして就労と福祉を両立させる新たな仕組みについて提案します。
最低賃金の引き上げ

2024年最低賃金の現状と収入試算
2024年10月より、日本の最低賃金は全国平均で1時間あたり1,055円に引き上げられました。ジョブメドレー
これは前年から51円の増加で、過去最大の引き上げ幅となります。
都道府県別に見ると、最低賃金は950円から1,186円の範囲で設定されています。
例えば、東京都では1,186円、大阪府では1,144円となっています。
フルタイム労働(週40時間、月20日勤務)を想定した場合の月収を試算すると、以下のようになります。
- 東京都(時給1,186円): 1,186円 × 8時間/日 × 20日/月 = 189,760円/月
- 大阪府(時給1,144円): 1,144円 × 8時間/日 × 20日/月 = 183,040円/月
- 全国平均(時給1,055円): 1,055円 × 8時間/日 × 20日/月 = 168,800円/月
これらの金額は、税金や社会保険料が控除される前の総支給額であり、手取り額はこれより少なくなります。
また、地域や個人の状況によっては、生活保護費と同等かそれ以下の収入となる場合もあります。
最低賃金の引き上げは労働者の生活向上に寄与しますが、生活保護費とのバランスや就労意欲への影響など、社会全体で考慮すべき課題も存在します。
日本、過去最大の最低賃金引き上げを決定
ロイターズ
Japan plans record hike in minimum wage, NHK reports
最低賃金を生活保護費を上回る水準に引き上げることは、働く意欲を高めるうえで重要です。
しかし、急激な引き上げは経済や社会に混乱をもたらす可能性があるため、以下のような段階的な引き上げが現実的です。
- 地域ごとの実情を考慮:都市部と地方では物価や生活費が異なるため、地域ごとに適切な最低賃金を設定する。
- 引き上げのスケジュール策定:数年にわたる計画的な引き上げを行い、企業が対応する余地を持たせる。
- 中小企業への支援策:賃金補助や税制優遇を通じて、最低賃金引き上げに伴う負担を軽減する。
例えば、最低賃金を年に50円ずつ引き上げることで、10年以内に1,500円を目指すといった目標を設定するのが一例です。
税制改革と控除の拡大
累進課税制度の下では、低所得者層が相対的に重い負担を強いられることがあります。
これを解消するためには、以下の改革が必要です。
- 基礎控除の引き上げ:すべての所得層に適用される基礎控除を拡大し、低所得者層の負担を軽減する。
- 社会保険料の軽減:年収200万円以下の層に対して、社会保険料の軽減措置を導入する。
- 消費税の軽減税率の適用拡大:生活必需品への軽減税率をさらに広げ、低所得層への影響を緩和する。
これらの改革により、低所得者層の可処分所得を増加させ、働くことがより経済的なメリットにつながる仕組みを構築できます。
就労と福祉の両立
生活保護を受けながら働ける仕組みを整えることで、就労へのインセンティブを高めることができます。
具体的な提案として以下が挙げられます。
- 就労奨励金の導入:生活保護受給者が一定の収入を得た場合、その一部を追加支援として支給する。
- 段階的な受給額減額:収入が増えるにつれて生活保護費を段階的に減額し、急激な収入減少を防ぐ仕組み。
- 職業訓練プログラムの拡充:生活保護受給者に対して、就労能力を高めるための無料の職業訓練や資格取得支援を提供する。
こうした取り組みによって、働きながらも生活保護から自立する過程を支援することが可能になります。
「ワーキングプア」対策
最低賃金や生活保護に該当しない非正規労働者を救済するための支援策も必要です。
以下の政策が効果的と考えられます。
- 家賃補助制度の導入:一定の収入以下の労働者に対して、家賃補助を提供する。
- 医療費負担の軽減:低所得者層向けの医療費控除を拡大し、健康維持を支援する。
- 労働時間の柔軟性確保:非正規労働者にも有給休暇や労働時間短縮の権利を拡充する。
これらの提案を通じて、働くことが経済的・精神的に報われる仕組みを構築できるでしょう。
まとめ
最低賃金と生活保護費、そして税制が複雑に絡み合う日本の現状は、多くの人々に「働き損」を感じさせる構造的な問題を抱えています。
これを解決するためには、社会全体での抜本的な制度改革が求められます。
現状の課題
本記事では、最低賃金の低さ、税制の不公平、そして就労インセンティブの欠如について詳しく解説しました。

これらの問題が複合的に影響を与え、以下のような状況を生み出しています。
- 働くことの意義が失われる:「最低賃金で働いても生活保護以下」という現実。
- 低所得者層への負担:累進課税や社会保険料が、経済的に困窮する層をさらに追い込む。
- 福祉制度の矛盾:生活保護が経済的安定を提供する一方で、就労への妨げとなる。
これらの課題を解消するためには、現行制度の枠組みを超えた大胆な政策が必要です。

改善に向けた提案
本記事で提示した解決策をまとめると、以下のような取り組みが有効です。
- 最低賃金の段階的な引き上げ:地域の経済状況に応じた慎重な引き上げと、中小企業への支援策の導入。
- 税制改革による負担軽減:基礎控除の引き上げや、低所得者層向けの社会保険料軽減策の実施。
- 福祉と就労の両立支援:生活保護と就労を併用可能にし、収入が増えても急激に支援を失わない仕組みの構築。
- 「ワーキングプア」対策:家賃補助や医療費軽減策、労働条件の改善を通じて、最低賃金以下で生活する労働者を支援。

働きやすい社会の実現に向けて
働くことは、単なる収入の手段ではなく、人々が自立し、社会とつながる重要な行為です。しかし現状では、働くことが必ずしも報われず、むしろ負担や不安を伴うケースが増えています。
これを解決するには、個人の努力だけではなく、社会全体での制度改革が不可欠です。最低賃金の引き上げや税制改革、福祉制度の再構築を進めることで「働くこと」が再び希望となり得る社会を目指しましょう。
そのためには、私たち一人ひとりが現状を理解し、議論に参加することが重要です。
誰もが安心して働ける社会は、決して夢物語ではありません。
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